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なでかたジョンの雑記

中国語学専攻の大学生兼同人作家兼踊り手の、何でもありのブログです。

第4回:天ノ川きららは我らのトゥインクルスターになれるか Part.1

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そういえば、みなみんの解錠バンクをまだ見てない気がします

 

ごきげんよう、なでかたジョンです。

しばらく間が空いてしまいましたが、久々にプリキュアの話をしていこうと思います。

 

6話まで観た感想をざっくり述べると、

第4話→きららちゃんキタコレ! 東映勝ち確っしょ!

第5話→あれっ

第6話→いやいや待て待てKOOLになれ

という感じです。大体お分かりの人もいれば、何を焦っているのかわからない人もいることでしょう。なので、もう少し詳しくお話していこうと思います。

 

今回ポイントとなるのは、

①天ノ川きららというキャラについて

②「プリキュア」の位置付けについて

③今後の課題

の3点です。

※例によって例のごとく、見切り発車で書き始めているので、今後何の前触れもなくテーマが変更になる恐れがあります。予めご了承ください。

 

ただし、今回も相当なボリュームになることが予想されるため、いくつかのパートに分けようと思います。Part.1では、主に天ノ川きららが成し遂げた功績についてお話ししたいと思います。1パート3000字くらいが無理なく読めるのではないでしょうか。

 

※「この記事が初見です」という方には、過去記事を読んで、僕がどういう立場で今期プリキュアを語ろうとしているのか把握した上で読み進めていただくことを推奨します。しかし如何せん長いので、なるべくこちらでも簡単に触れられればと思います。


第2回:どうなるGo!プリンセスプリキュア(後半) - なでかたジョンの雑記


第3回:プリキュア=精神科医!?姫プリにおける「夢」とは? - なでかたジョンの雑記

 

※また、この記事が初見ではない方も、僕のこのブログでの記事の書き方についての考え方を少しまとめた記事を作ったので、そちらに目を通していただくとありがたいです。こっちは短いのですぐ読めると思います。


「教えてあげる君」にならないために:ブログについて思うこと - なでかたジョンの雑記

 

①天ノ川きららとは何者なのか

さて、第4話での初登場で一瞬にして視聴者のハートを鷲掴みにしたキュアトゥインクルこと天ノ川きららですが、彼女は一体どういったキャラなのでしょうか。彼女が作品内でこれまでに果たした役割と、これから果たすべき、あるいは果たすであろう役割について考えていきたいと思います。

・天ノ川きららが成し遂げた功績

第4話における余りに型破りな言動に、今期プリキュアの大きな可能性を見出したのは僕だけではないでしょう。彼女の何が型破りだったのか、簡単に振り返ってみましょう。

 

(1)従来の「プリキュア観」に対するアンチテーゼ

 つまり、今までの「プリキュアはこういうものだ」という考えを覆したということです。これは更に2つの要素に分けられます。

 一つは、「プリキュアは常にプリキュアでなければならない」というテーゼ(命題)に対するアンチテーゼ(反対命題)です。どういうことでしょうか。

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 従来のシリーズでは、一度プリキュアになってしまったからには、使命を果たすまでは常にプリキュアとして生活することが当然であるように描かれていました。5のうらら、フレッシュの美希、ドキドキの真琴(はプリキュアの延長だったけど)など、これまでのシリーズにもプリキュア以外のメインステージを持ったキャラクターはいましたが、やはりどちらかというとプリキュアとしての生活が中心であるような描き方をされていたように思います。

 しかし、きららの場合は、一度プリキュアに変身した上でプリキュアで居続けることを拒絶しました。これは大きなパラダイムシフト(革命)です。

 ここにはやはり、個人主義的な「人生の所有物化」という傾向が色濃く反映されていると思います。つまり、「私の人生は私のもの。だから私が決める」という考えが広く浸透してきているということです。最近アイドルやそれに類するものが流行っているのは、こういう社会的な傾向が背景にあると僕は考えています。故に、きららが「モデル」であることは、ある意味必然なのかもしれません。

 

 もう一つは、「プリキュアに変身する人間は常に同じでなくてはならない」というテーゼに対するアンチテーゼです。どういうことでしょうか。

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 つまり、一度変身した上で「プリキュアにならない」という選択ができるなら、理論上色んな人がその時々に応じてプリキュアになることができるはずだ、ということです。キュアフローラに変身する女の子が5人いても10人いてもいいわけです。なんだか仮面ライダー555を思い出しますが、プリキュアにおいてはこの考えは画期的ですよね。

 これはひょっとすると、「まどマギ」によって「契約によって魔法少女という運命から逃れられないことへの恐怖」が明確に示されたことと関わりがあるのかもしれません。

 「プリキュアは取り換えが効くもの」という価値観が作品に取り入れられることになったらと考えると、かなりワクワクしてきますよね。

 

 このような素地(基盤、土台)が形成されることによって、来年以降のプリキュアが更なる深みを持つことが期待でき、こうした意味において、天ノ川きららがプリキュアというシリーズにとって果たした役割は非常に大きいと考えています。

 

(2)プリキュアというシリーズに対するメタ的な視点の導入

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こういうツッコミとか

 

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こういうのとか

 

 こういった視点は、我々大人のツッコミを代弁するだけでなく、プリキュアという存在を絶対視しないためにも重要だと思います。つまり、「プリキュアは正義なのか」「なぜプリキュアとして闘うのか」ということを、一歩引いたところから冷静に問い直す上で非常に大切な視点だと考えるわけです。

 そして、このような視点を導入するということは、当然上のような問題を問い直した上で、どうやってもう一度プリキュアの価値を肯定的に定義し直すかという過程を見せてくれるはずですが・・・。その話は別パートで。

 

 では、今回はこの辺で切りましょうか。4話分溜めていたこともあって、今回はめちゃくちゃ長くなりそうです。気長にお付き合いください。

 また近いうちにお会いしましょう。ごきげんよう~