なでかたジョンの雑記

中国語学専攻の大学生兼同人作家兼踊り手の、何でもありのブログです。

「教えてあげる君」にならないために:ブログについて思うこと

ごきげんよう、なでかたジョンです。

今、プリキュア考察記事の第4回を作成中なんですが、その前に、今後どういった形で記事を書いていこうか、ということについて少しお話したいと思います。

 

わかりやすけりゃいいってもんじゃない

タイトルにある「教えてあげる君」というのは、今年のセンター試験の現代文の問題にもなった佐々木敦さんの『未知との遭遇』からの引用です。

これはどういう意味かというと、「調べればすぐに分かるような知識を提供するだけで、それ以上の知的好奇心を引き出すことに寄与しない人」のことです。「自分の知っていることだけで済まそうとする人」とも言えるでしょう。

これの何がいけないかというと、問題を常にミニマムに処理しようとするので、その営みの結果によって知識の総量が増えるということが極めて起こりにくいからです。

つまり、教えた方も教わった方も、「なんとなく全てを理解したつもり」で終わってしまうということです。

 

なぜこのような話をするかというと、僕のブログがそのような傾向に陥りつつあるのではないかという危機感を抱いたからです。

僕が初めてプリキュア考察記事を書いた時、「語彙が難解過ぎて読みづらい」とか「結論が中々見えてこない」というご指摘を頂きました。

僕はこれに対し、多くの人に読んでもらいたいのであれば、わかりやすさは大切であると考え、次に書いた記事では総論を先に持ってきたり、難語彙には注をつけるなどして記事を見やすくするように努めました。

しかし、それでもなお「読みづらい」「長い」「インテリぶってんのか」という批判を頂いたため、その日のうちに難語彙を用いること自体を諦め、画像を用いるなどして「わかりやすく」「キャッチー」なブログにするべく心血を注いで編集しなおしました。

その結果、「かなり見やすくなった」というコメントをいくらかもらったのですが、時間が経つに連れ、「これでよかったのか」という疑問がふつふつと湧いてきました。

 

それは、「わかりやすくなった分だけ、なんとなくわかった気になって帰る読者が増えてしまうのではないか」という危惧です。

簡単な言葉を使って記事を書けば書くほど、その内容は「もっともらしく心に響く」ものとなります。人間わかりやすい方に傾くものです。

 

ただ、僕がこのブログでやりたいことは、「こういう見方をすればプリキュアという作品はこういう風に見えてくる」という例を一つ示すことによって、「プリキュアも単なる子供向けの娯楽作品ではなく、もっとたくさんの学ぶべき要素を含んでいるんだ」ということを読者に理解してもらうことです。

そして、「所詮は子供向けだしな・・・」と自嘲気味にならずに、プリキュア視聴という行為をもっと主体的な、幅の広いものとして考えてもらいたいと思っています。

なので、「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」という受け取り方は、できればして欲しくありません。

 

こうしたことがあって、ブログ全体をさらっとした言葉でまとめてしまうと、つまり、字面だけ追っていけばなんとなくわかったような気になれる言葉でまとめてしまうと、そこで思考が停止してしまうことになってしまわないかと恐れています。

それに、難語彙を日常語で言い換えるというのは、苦肉の策であって決して万能ではありません。意味の正確な伝達において必ず限界があります。

なのでやはり、最終的にはより正確に事態を言い表している(と僕が考えている)言葉のほうで理解してもらいたいと考えています。

だから、できるだけ「教養がないから」とか「学がないから」という言い訳を容認したくはありません。適切な注があれば、どんな難語彙であっても理解できないということは無いはずです。

 

以上のことから、僕は今後の記事においては、難語彙は難語彙のまま用います。それらに対して適切な注を付すことで、理解できないということがないように努めます。読者の側にもある程度の努力を強いることにはなるでしょうが、内容に関する質問にはすべて答えるつもりです。

こういうことで、今後とも一つよろしくお願いします。

では、また近いうちに。ごきげんよう。